unreal arimura you - 非実在有村悠 -

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ぜんぶ彼女に「視」られてる? 淺沼広太/ファミ通文庫

ぜんぶ彼女に「視」られてる? (ファミ通文庫)

ぜんぶ彼女に「視」られてる? (ファミ通文庫)

 京極夏彦百鬼夜行シリーズに、榎木津礼二郎という探偵が登場する。この人物、人や物の記憶が“見える”という超能力の持ち主で、それによってたちどころに事件の真相を暴いてしまうのだが、いかんせん言動が奇矯なため、シリーズの主役である作家・関口巽などには突拍子もない印象しか与えない。シリーズ第1作にして京極のデビュー作である『姑獲鳥の夏』は、関口が聞きつけた18ヶ月ものあいだ身ごもったままの妊婦の噂と、密室から消えた彼女の夫を探してほしいという榎木津のもとへ持ちこまれた依頼が奇妙に絡まりあい、やがて関口の暗い過去も明らかになってゆく――という筋書きだった。

 これらを萌え系ライトノベルに置き換えたらどうなるか? この小説ができてしまった。

 冒頭、いきなり主人公が自分の名前も思い出せない状態で女の子にのしかかられているところから話が始まる。八神花梨と名乗った女の子の、どうにもまわりくどい言動によって少しずつ主人公・後藤智一の記憶は回復されていくのだが、その過程で花梨の特殊な能力が明らかになる。彼女は「人や物の記憶が“視える”」(あらすじより)のだ――って、それなんて榎木津だよ! 彼女の能力に興味を示したお嬢様・七尾奈緒は、智一や幼なじみの百道悠太を強引に巻き込んで超常能力研究部を設立。花梨の能力を少しずつ確かめていく。そのあたりはまあ、最近流行の部活モノのノリだが、物語最大の謎として最後まで立ちはだかるのは、智一は何故冒頭のようなシチュエーションに陥ったのか? ということなのだ。それには彼が心の奥底にしまいこんだ、過去の出来事が関係していた……って、それなんて『姑獲鳥の夏』だよ!!

 たまたま直前に『姑獲鳥の夏』を再読し、ついでに『魍魎の匣』も読破していたこともあって、もうゲラゲラ笑いながら読んだ。タチの悪い読者だな我ながら。いや、でも、これだけ要素が被っていたらさすがに突っ込まざるを得ない。そして、なるほど色々と設定を置き換えたらこういう話とキャラに作り変えられるのかと感心した。花梨可愛いです。言語能力がかなり残念だったりするあたりも含めて。主要登場人物は6人程度とコンパクトな構成だが、安易な台詞回しの記号化を行うことなくしっかりとキャラを立たせており、端正な文体とあいまってたいへん読みやすい。いくつかのレーベルにまたがって複数のシリーズを手がけてきたベテラン作家だけあって、筆力は確かだ。

 昔、登場人物に明示的なトラウマを設定し、それを回復することによって物語を組み立てるというモデルを何度か批判したことがある。今思うとどうしてあれほど嫌っていたのか不思議だが、この作品のようにトラウマそのものを最後までブラックボックス化しておくと、あまり抵抗なく受け入れられる(というか、本来トラウマとは認識されないものなのだ)。ある種の物語作法のお手本のような構造なので、作家志望者などは分析的に読んでみると色々と収穫を得られるのではないかと思う。

 あと、すぶりの柔らかな色使いのイラストはたいへん魅力的。表紙の花梨の眼力は尋常ではないというか、手に取ったきっかけは表紙だったのだ。ひっくり返してあらすじを見てみたら上記のとおりなので、これはもう読むしかないと思って購入した次第である。現在、続刊が楽しみな作品のひとつだ。